めんおうブログ

国家公務員からラーメン業界への転職を決意した、30代男性(妻、子2)の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

新年早々、しかも転職直前に働かなくてすむ方法について考えてしまった。

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今日は、雲一つない晴れ。気持ちのいい晴れ。

 

 

今日は、1月1日。地球上の誰にとっても、どんな生物にとっても一年で一番最初の日。

 

 

人、土、草、木、空、空気、家、道路、電信柱、車、バイク・・・存在するすべての人、物にとって新しい一年の始まる年だ。

 

 

地球上のだれにとっても、この事実は覆せない。だれにも否定できない。これは、地球の自転、公転という物理の法則によって、規定されているからである。

 

 

その一年で一番最初の日のことを我々は、元日、その朝のことを元旦、という。

 

 

 

元日

 

 

元旦

 

 

 

わたしたちは、古来から1月1日のことを特別な意味を込めてそう呼んできた。一年で初めの日、初めの朝。これから一年がどんな年になるかを占う日。そのあと一年がどんな年になるかを決めそうな感じがしまくるこの日、この時間。みなさんは、どう過ごしているだろうか。

 

 

 

 

 

駅伝を見てる人、もちを食っている人、家族と団らんしている人、凧揚げ、買い物、福袋、かるた、駒、雑煮、羽子板、お笑い番組・・・

 

 

 

 

 

おのおの、ゆっくりとした時間や大切な人との時間を過ごしているのではないだろうか。元日からものを盗んだり、人をだましたりして、平和で幸せな一年が過ごせるわけがない。

 

 

わたしにとっての今日、元日は、これまでの人生でも初めての、これまでとは別の意味をもった元日である。これまでも記事に書いたことがあったが、明日から新しい仕事が始まるのだ。

 

 

上にも書いた通り、今日は元日。それでいて、新しい仕事の始まる前日。

 

 

 

 

 

まさに、一年一回、一年の最初の日という以上の意味があるのだ。むしろ、一生で一度。自分というものの生まれ変わりの日。再誕。セカンドライフ。新しい風。。。

 

 

 

 

 

これまで過ごしてきた一日、24h、一分一秒とはちがう意味がある元旦。そう、今日はわたしにとって、これまでの人生で一番意義深い日なのである。

 

 

 

 

 

その意義深い日に、何を考えるか。多くの人は、今年一年のことを考え、ゆっくりとした時間を過ごし、家族と団らんしつつも、一年の抱負を思い描き、口にする。。。

 

 

 

 

そんな日だから、次の仕事に対する熱い思いを描き、希望をふくらませ、抱負を語る、というようなことこそ、わたしがすべきことだ。しっかりしないと神様に怒られる。(めんおうとは、普段は神様の存在など気にしないが、こういう時には気になってしまう、気の弱い男である)なのだろう。

 

 

でも、頭に浮かぶのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

宝くじで7億円あたったらどうしよう

 

 

働く必要なくなるよな

 

 

でも、7億円なんてあたるわけないよ。そもそも宝くじ買ってないし。

 

 

7億円でも、その半分でも落ちてないかなぁ。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしにとって、生まれ変わりの日、というほど大切な意味をもった元日にわたしの心を満たしていたのは、これほどまでに、人間の欲、というか、怠惰、本性、性、鏡、根源・・・といったものだった。

 

 

買ってもない宝くじが当たるかどうか、を想像することほどの時間の浪費はないはず。まさに時間の無駄。小学生のゲームより、中高生のコンビニでの買い物、おしゃべりより何よりも時間の浪費。断トツに圧倒的に時間の浪費なのである。

 

 

 

 

小学生のゲームであれ、中高生の買い物、おしゃべりであれ、友人との友情やコミュニケーション能力の向上、夢や希望の達成、次の日への活力の補給・・・時間の浪費どころか、実は彼らにとって必要なものなのかもしれない。

 

 

 

 

でもわたしの「買ってもない宝くじがあたるかどうか」は、時間の浪費以外の何物でもない。ただの現実逃避。

 

 

 

 

今日は元旦で、しかもこれまで1年間の時間をかけて周りを説得して幸いにもすぐに転職先が見つかり、明日から新しい仕事が始まる。そんな時には、一分一秒をかみしめるように家族と「これまで」を振り返り、「これから」をよきものにしていくことを誓うべきだろう。これからは、家族との時間を取りにくくなるのだから、その時間を大切にすべきであろう。

 

 

 

むしろ、最後の方の「お金落ちてないかなぁ」とう部分は、おれ大丈夫か、今後犯罪者になっていくのではなかろうか、という一抹の不安すら頭によぎる。

 

 

 

なんて、わたしは罪深い罪人なんだろう。もう次の就職先に入社する資格なんかない。職場に電話しようか。

 

 

 

 

わたしは罪人です。明日から働かせていただくことになっていましたが、どうもその資格がないようなので、やめることにしました。お騒がせしました。外から応援させていただきます。

 

 

 

 

こんな電話したら働かなくてすむようになるな。

 

 

 

 

なんという怠惰。なまけもの。どうしようもない人。ダメ人間。そう、わたしは元来、怠け者なのだ。この怠け癖、何とかならないか。。。試験の前日とかはいつもそうだ、いつも勉強以外の何かをしたくなる。。。なんでいつもおれはそうなんだぁ。くそ、くそっ、くっそぅ。。。

 

 

 

机の上の本棚にある「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」、という書籍の背表紙がやけに目に入る。世の中そんなに甘くない、くそぅ。。。

 

 

 

 

 

このように葛藤があるということは、わたしにも少しばかりの良心、常識、責任感は残されていたようだ。それにしても、働くってなんだろう、働かなくてすむ方法は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

働かなくてすむ方法を考えながら、自己嫌悪に陥りつつ、記事を書いていたわたしの姿を見た妻が、こちらに近づいてくる。

 

 

 

 

「新年早々、しかも転職直前に働かなくてすむ方法について考えてしまった。」という救いようのない表題を見た妻が言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

つべこべ言ってないで(書いてないで)しっかり働いてもらわないと困るよ!ブログなんかより、子供たちと遊んでよ!!

 

 

 

 

 

 

そりゃ、そうだね。

 

 

 

 

 

正論過ぎて眩しい、とは、まさにこのことだ。

 

 

 

 

 

わたしにとっての「神様」、というのは、案外、自分自身の心と妻のことなのかもしれない。神様にお怒られないように、神様を満足させられるようにしっかりしよう。

 

 

 

 

 

公園行ってきます。