めんおうブログ

国家公務員からラーメン業界への転職を決意した、30代男性(妻、子2)の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

結婚するなら絶対に公務員だ、という女子大生の発言に衝撃を受けた。(転職後5日目)

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今日も仕事以外のところで感じたことです。新しい環境には、新しい発見と刺激がたくさんあるようです。

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 本日の業務内容

【1月5日】

0815起床

0945~1045出勤

1100~1700ホール、皿洗い

1700~1730休憩

1730~2000ホール

2015~2130帰宅

0000就寝予定

感じたこと 

 

わたしは、新しい職場への通勤に電車を利用している。片道1時間で、大抵座ることができているので、都心で仕事をしている割には恵まれている方なのではないだろうか。

 

 

 

今日の夜も、いつも通り電車で帰宅した。座席はほとんど埋まっていたが、今日も座ることができ、仕事が終わった後のほっと一息つける時間を、ぼーっと外を眺めたり、スマホをいじったりして過ごしていた。わたしはこの時間をゆっくり過ごすのが大好きなのである。

 

 

 

 

 

ふと、前の方から気になる発言が聞こえたので、スマホを見ていた顔を上げた。

 

 

 

 

 

その発言の主は、おそらく女子大生くらいの年代の若者であった。その隣には、彼氏なのかどうかはわからないが、同世代の男性が座り、その女性と話していた。気になったのは、その女性の発言内容である。かなり印象的だったので、はっきりと覚えているが、

 

 

 

 

 

「今の生活水準下げたくないんだよねぇー。だから結婚するなら絶対公務員だと思うんだよね。女性はみんな、公務員の男性を求めてるからさぁ。」

 

 

 

 

 

ということであった。今の生活水準を下げたくないとは・・・わたしの予想通り女子大生だとしたら、生活費から何からすべて親の仕送りか?それとも、仕事をしている社会人だとしたら、独り身なら十分な収入なのだろう。であれば、生活水準を第一にしている結婚など、しなくていいのではないか?それとも、仕事をしていない社会人だとしたら、この場合も全部親の仕送りか。。。

 

〇〇省を退職し、国家公務員という地位や給与を捨てて、最低限の給与と夢の実現を取ったわたしの選択を全否定されているような衝撃を受け、若干混乱しながら考えた。

 

わたしが否定されているようで、という衝撃は、完全にわたし個人、エゴの問題であるので自分なりに受け止めて、心にしまっておけばいいと思う。全否定されてもしょうがない、と自分でも思っているので。

 

 

 

さて、ここで考えたいのは、上の女性がした発言内容についてである。

 

その女性と話していた男性の発言内容や、その他の会話の内容については、人の会話を盗み聞きする趣味のあるわたしですら、公務員男性求ム発言の衝撃によって呆然とし過ぎて聞いていなかったが、とにかくその女性が熱っぽくしゃべっていたことはよく覚えている。とにかく公務員男性と結婚したいんだと。

 

 

 

わたしは衝撃を受けたが、それがわたし自身批判を受けたような気がすることによる衝撃なのか、それとも、そのような意見自体に対するわたしの反感という意味の衝撃なのかについて、その発言を聞いた瞬間に混同しそうになったので、整理してみた。

 

ここに、わたし個人の事情に関する部分を除いて、受けた衝撃の原因を挙げたい。

 

 

 

①男性に、生活に必要な経済要素のほとんどを求めている女性が、いまだにいること。しかも、それが大学生(もしくは社会人)であること

②男性を選ぶ判断要素として、仕事の内容や仕事への姿勢というものではなくて、公務員であるという地位や身分を基準としている女性がいること

③本当かどうかはわからないが、多くの女子大生がこの女性と同じ考えをもっていると話していたこと(本当だったらぞっとする)

④①~③について、恥ずかしくもなく話していたこと。むしろ、人生設計しっかりやってます的な雰囲気で話していたように見えた

 

 

 

ということである。(めんおうさん、観察・分析しすぎてキモい、との声、賛同します笑)

 

 

 

いろいろ書いたが、人にはいろいろな考え方があるだろうし、そのときの状況によってはどのように考えるか、選択の余地のない場合もだろうと思うので、ここでは、彼女に対する批判、というものではなく、この発言内容について白紙的に考えたい。

 

 

 

 

 

以前、韓国の若者の多くが公務員になることを希望している、という報道があった。いくつかの報道によれば、就職準備をしている学生の4割程度が公務員試験を受けている、というデータが公表されていた。

 

公務員、と一言に言ってもいろいろな公務員があるし、その受験理由に関するデータがあったわけではないので、正確なことは言えない。また、志があって公務員をしている人だって大勢いるだろうし、むしろ生活の安定第一で公務員になる人がいたっていいとは思う(もちろん理想はそうじゃないけどね、できれば公に奉仕することを第一としてほしいかな、市民としては、という感じ)。ただ、4割という数字は、感覚的に見ても大きすぎると思う。仮に、「こういうことをしたいから」というものではなく、「生活の安定」を第一にして公務員を希望する学生が4割いたとしたら、その国や地域に発展はないだろう。生活の安定を国や地域の役所に求める、ということは、「何をしたかという成果」ではなく、「公務員であり続けること」に対して「役所に養ってもらう」ことを期待しているということだからだ。しかも、生活の安定、を第一に求めた瞬間に、公への奉仕ではなく、自らへの奉仕を第一に考えていることになるのではないだろうか。

 

 

 

何かを成し遂げたい、と思い、何かを捨なければ、前へは進めない。

 

 

 

わたしは、韓国の若者に関する報道を見て、上のように考えた上で、「韓国は、これからますます衰退していくのかなぁ」なんて思ったものである。

 

それが、まさか、日本の大学生や社会人にもこのように考えている人がいるとは・・・ということである。常識的に考えて、少なからずそのような考え方をしている人がいて当然なのであろうが、目の当たりにすると、衝撃を受けるものである。人はいつか死ぬ、ということを知っておきながら、身近な人が亡くなった時に衝撃を受けるのと同じである。知識として持っていることと、頭で理解した上で心に留めているのとは大きな違いなのである。

 

 

 

 

 

生活水準を落としたくない、とあるが、「挑戦」というものは常に何かを捨てることから始まる。わたしの転職という「挑戦」も、現状の否定から始まり、かなり多くのものを捨ててきた。捨てたものが大きければ大きいほど、得られるものが、大きくなるとわたしは信じている。何かを捨てられない国、地域、人に、発展はない。今後、さらに活躍することを期待されている女性や、まだまだ若い大学生がこんなことではこれほど寂しいことはない。

 

ただ、仕事をする上では、各種制度ができたり、政府主導でブームを起こしたりして少しずつ女性の働きやすい環境や、若者が勉強しやすい環境ができてきているし、働き方改革、ということが叫ばれては来ている。とは言え、まだまだ女性には働きづらい環境が多いと思うし、若者にとって魅力的な社会ではないのかもしれない。それは、そのような職場づくりができていず、また、何かに挑戦することのすばらしさを若者に伝えられていないわたしたち大人の責任である。

 

わたしは正直、この女性の発言内容にはかなりの反感、嫌悪感を持ったが、その発言が生まれた責任の一端が大人である自分にもあることを忘れてはいけない。

 

何かを成し遂げたい、と思い、何かを捨なければ、前へは進めない。ということと、何かを捨てて、これを成し遂げようと挑戦することのすばらしさ(楽しさと尊さ)について、子供の世代に伝えていきたいな、と思った。