めんおうブログ

国家公務員からラーメン業界への転職を決意した、30代男性(妻、子2)の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

省時代の同期が再び店に来たが、今度はうれしかった。これからも「切磋琢磨」し合いたい。(転職後23日目)

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10日くらい前に、わたしの省時代の同期が店に来たときには、複雑な気持ち(まったくうれしくはない)になりましたが、数日前にも再び同期が店に来たときには、なぜかとてもうれしく感じました。その時に思ったことを記録しておきたいと思います。

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本日の業務内容

【1月23日】

 

感じたこと

 10日くらい前に店に省時代の同期が来たときは、とても複雑な気持ちになった。帰宅の1時間の道のりを、感情の整理に要するくらいの出来事であった。普段は感情の起伏があまりないわたしが、「こんな風」になるとは思わなかった。

 

そのことは、以下の記事に詳しく書いているので、必要に応じて参照していただきたい。↓

 

同期が店を訪問した日、仕事が終わって帰宅する途中に感情の整理をして、家に着く頃には気持ちを入れ替えて、これからへの闘志を燃やす、という状態(吹っ切れた、というやつ)になっていた。

 

家に着いてから、店に来た同期何人かからラインがあった。その内容は、なぜラーメン屋になったのかという質問や、また今度店に行く、というようなものであり、既に感情の整理がついていたわたしが、再び感情を乱すようなことはなかった(複雑な気持ちはあった)が、省の同期はとても多く、白紙的には300人くらい、先輩後輩を入れるともっと多い、そして、仲のいい者でも数十人いる、ということを考えると同期が来るのは一回では終わらないだろうな、とうれしくはない気分であった。店長が、「気にしてくれる同期がいてくれてうらやましいよ、喜んでいい」ということを言ってくれたが、出世街道を行く同期と、それを含めた仕事にやりがいを見つけられず、別のところにやりがいを見出して転職した自分(転職自体をわるく言うつもりは全くないが、どうしても比較してしまうのが人間の性というものである)を比べるとなぜか「見られたくない」という気持ちになったのである。 

 

 

 

 

 

そんなことがあった約1週間後、同期が再び店に来た。前に来た同期は5人だったが、今回はその5人の中の1人と別の後輩の2人である。その後輩(W)は、再び来た同期(I)とわたしの共通の知り合いで、わたしの前職でとても仲の良かった後輩である。

 

 

 

Iは、わたしの省時代の同期で一番仲の良かったやつで、転職することを一番最初に伝えた同期である。彼は、学生時代(省には階級や資格によって、卒業する必要のある学校がいくつかある)も一緒に汗をかいたし、学校卒業後も何度も近況の変化を伝えあい、酒をともにした。転職に伴う引っ越しも、休日をつぶして手伝ってもらった。戦友であり、一生の友であると思っている。前に、わたしの転職先であるラーメン店に同期4人を連れて来たのは彼であると思われるが、勤務中のわたしを半ばからかう4人の同期の中で、わたしの異様な雰囲気を感じ取って「ラーメン、うまいよ」とフォローしてくれたのもIである。

 

そのIは、今度は変な雰囲気にならないよう、気を遣ってわたしを応援してくれる後輩を連れてきてくれたのだと思う。また、同時に、わたしに会いに来る言い訳に後輩を連れてきたのだとも思う。店に入るなり、「ここのラーメンがうまいんだよ」とWに言ってくれていたし、Wも、笑ってはいたが、からかう、といった類のものではなく再会をよろこんでくれているような雰囲気であった(わたしは彼の先輩です。もしからかわれたとしたら激烈に指導(パワハラ)します)。

 

入店して席に着いてからは、わたしに話しかけることなく、2人で話をしていた。IもWも、「お客様としてラーメンを食べに来てくれた」のである。「めんおうのおすすめで!」と言ってラーメンを注文した後は、IとWの2人で話しながらラーメンをただ食べ、食べ終わると、「じゃあな、がんばれよ!」と言って帰っていった。前回Iが伝えたくて伝えられなかったことだったのかもしれない。また、Iは、自分自身のためにも再訪問したのかもしれない。

 

 

 

この心遣いは、本当にうれしかった。 

 

 

 

前回は、悔しい気持ち、恥ずかしい気持ち、焦る気持ちなどで複雑な気持ちになったが、今回うれしく思ったのには二つ理由があると思う。

 

一つは、Iがわたしのことを気にかけてくれていることが、とてもよく伝わってきたからである。

Iは、実は、わたしがラーメン業界に転職したこと自体、複雑な気持ちなのだろうと思う。上にも書いたように、Iとわたしはまさに言葉通り「切磋琢磨」し合って省時代を過ごしてきた。将来、上に行ったら・・・という話をしたこともあった。仕事だけでなく、家庭についての相談もし合った。そんなわたしが、ラーメン業界に転職する、と告白したとき、彼が「正直、残念だわ」と単刀直入に言ったのを覚えている。この残念だわ、という言葉には、さまざまな気持ちが表れていると思う。一番仲のいい同期が他の世界に行ってしまう寂しい気持ち、わたしが、ただ省での仕事が嫌で転職するのではないかという疑いの気持ち、信じられないという驚き。これらを一言で言うと、「残念」ということになるのだろう。

Iは、わたしに対する疑いの気持ちを解消したいのだろう、と思う。わたしが頑張っている姿をラーメン店で見て、確認することで、わたしの「転職がめんおうにとってよかったことなのだ」と気持ちを整理しようとしているのではないか、と思うのである。それくらい彼とわたしの気持ちのつながりは強かった。

わたしに対する疑いの気持ちを晴らすと同時に、頑張れよ、と伝えたい。それが、Iが店に再訪問した理由だと思う。Iは意識していないかもしれないが、そういうことだと思う。その心遣いが純粋にうれしかった。

 

もう一つは、わたしの気持ちが固まったからであると思う。

同期の訪問で複雑な気持ち、特に、「見られたくない」という気持ちになったのは、わたしがまだ、「省時代のこと」を引きづっていたからだと思う。ラーメン業界で生きていく、という決意はしたが、別の世界に住み始めたことを気持ちの面で整理しきれていなかったのではないか。だからこそ「省時代のもの」に過剰に反応してしまったのではないか。しかし、今のわたしはこれまでとは違う。同期の訪問、社員総会、理念研修、店での仕事、お客様とのコミュニケーションなどを通して、別の世界に住んでいることを頭で理解するだけではなく、気持ちを整理できたのである。だから同期が来ても「店員」として、同期を「お客様」として接することができるのである。Iにも、「前よりだいぶ張り切ってるね」と言われた。別の世界に住んでいることを気持ちの面で整理できているからこそ、素直に同期の心遣いをありがたく思うことができたのである。

 

 

 

 

 

今後、Iを始めすべての省時代の同期とは別の世界でそれぞれの目標に向かって生きていく。それでも、見上げる空は同じである。住む世界が変わっても、多くの人を幸せにする、という人生や仕事の最終目的は変わらない。これからも、「切磋琢磨」し合える存在でい続けてほしいし、自分自身もそうありたいと思う。