めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

妻と久しぶりに時間をかけて会話した。こういう時間が大切。(転職後36日目)

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昨日、妻と久しぶりに時間をかけて話したので、これについて記録しておきたいと思います。

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本日の業務内容

【2月5日】

0615起床

0700~0800出勤

0815~1500仕込み、サブ

1500~1530休憩

1530~1700ホール、トイレ掃除

1715~1830帰宅

0100就寝予定

感じたこと

昨日、夜2130ごろ、最寄り駅から自転車で走り、自宅マンションの駐輪場横のスペースに自転車を停めた。幾分黒ずみ、硬くなった雪がまだ残っている。夜、明け方はまだ冷える日が続いている。駐輪場は、居住者数が入りきるほどのスペースはなく、駐輪場以外のところに停めるのは仕方がない、というのが暗黙の了解になっているのである。

 

階段を上がって自宅のドアを開けると、外の街灯の明かりが中に差し込んだ分で、ぼんやりと玄関が明るくなるものの、部屋の明かりはついておらず、しんと静まり返っている。もうみんな寝ちゃったよな、と少し寂しく思いつつも、妻が子供の寝かしつけをできるだけ早い時間にしようとしてくれていることに感謝しながら、玄関を抜けて居間に入った。居間には、少し前まで人がいたような温かい空気が残っていた。仕事のほどよい緊張感と外の寒さから解放されて、ほっと一息つきながらスマホでニュースを見ようとしたとき、寝室と居間の間のふすまが開いて妻が起き出してきた。

 

 

 

妻は、保育士の試験勉強のため、子供の寝かしつけを終えてから起きて勉強するのが日課になっている。妻の顔を見ると、明るい居間に入ったのと、眠気とで目を細め、眉間にしわを寄せていた。お帰り、とかすれた声で言われたので、わたしも、ただいま、と隣の部屋で静かに眠る子供を起こさないように、小さな声でつぶやいた。最近の平日のわたしと妻との会話は、この程度の挨拶くらいしかないことが多い。妻は子育てと試験勉強の疲れで、朝はわたしが出勤するころまで寝ているし、夜は寝かしつけが終わってから試験勉強なので、会話をする時間をなかなか持てない。

 

 

 

わたしが風呂から出ると、妻は音楽の分野がわからないわぁ・・・ぶつぶつ言いながら勉強していた。2230ごろから、めんおう夫婦は、各々の夜の時間が始まる。同じテーブルで、わたしはPC、妻は勉強を始めるのである。わたしはイヤホンをしてYouTubeで音楽を聴きながら、妻はわたしがあげた耳栓をして。もちろん、ほとんど会話がないのが普通である。お互い集中してやりたいことをするため、黙っているのがマナーなのである。

 

しかし、昨日は違った。妻の方からわたしに話しかけてきたのである。話したくて仕方がない、といった様子である。わたしが風呂に入っている間に、明るい部屋にすっかり慣れて、眠気も覚めたようだ。そういえば、妻と二人きりで話すなんて、久しぶりだな、などと思いながらキーボードを打つ手を止めて妻の方を向いて話を聞く。話すときはそちらを向くのも、もちろんマナーである。親しい中でもマナーは守った方がいい。

 

 

 

さて、話の内容は、昼間に、妻が長男、長女二人を連れて外出した時の出来事についてであった。要は、長男、長女にブチ切れた、という内容だった。言うことを聞かずに数時間ずっとめそめそしてわがままを言う長女と、外出先で遊びに熱中するあまり、お漏らしをする長男に対してである。「二人とも言うことを全然聞いてくれなくて、ブチ切れた・・・でも、ちょっと怒りすぎたと後悔している、怒りすぎたことで自己嫌悪になって、夜寝かしつける前に怒ってごめんね、と二人に謝った」、ということであった。めんおう家では、子供を怒りすぎたときなどには謝るようにしているが、それでも親子ともどもにとって、ブチ切れない方がいいのは間違いないだろう。

 

しかし、イライラしない、ブチ切れない、というのは、頭ではわかっていてもなかなか実践できないことである。イライラしない、というのは内から湧いてくるマグマを上から押さえつけるように難しいことなのである。マグマ自体の存在をなくすか、瞬時に凍らせるような考え方が必要なのだ。妻と会話をしながら考えていたら気づくところがあった。

 

まず、「子供が言うことを聞かなくてブチ切れた」という部分である。子育ては、言うことを聞かせるため、親の言う通りに動く人を作るためにすることだろうか、と思ったのである。これは違うだろう。知らないルールを教えることはあっても、言うことを聞かないこと自体をしかることは必ずしも必要ではない、と思う。子育てを通して、子供が物事を自ら考え、できるようになることが大切なのである。だから、言うことを聞かないからといってイライラするのは、親の身勝手な発想なのだろう。

 

次に、「怒りすぎて自己嫌悪」という部分である。これは、わたしにも経験がある。わたしたちは十分大人で、社会人としては一人前の年齢で社会人経験も積んでいるにも拘わらず、まだ小さい子供にブチ切れるなんて・・・ということである。しかし、親としてはまだ半人前なのである。人としてまだまだ小さい子供と同じように親としては、実はまだまだ幼いのではないだろうか。

 

この二つのことに気づいて、「子供が言うことを聞かなかった時は、言うことを聴かせる必要がそもそもあるのかを考えた方がいいかもね。あと、怒っても自己嫌悪なんかにならなくていいよ。親としては半人前なんだから、子供と一緒に成長していく、ということでいいんじゃない?」と妻には話した(これも実践はなかなか難しいだろうが)。妻も、幾分気持ちがさっぱりしたようだった。

 

 

 

結婚前後、子供のいなかった時には「自分ら」が中心に回っていた二人だが、妻が妊娠して、子育てが始まってからは、その中心が次第に「子供」になり、今では一日のうちほとんどが「子供」を中心に動いている。生活の中心が「子供」に移るにつれ、夫婦二人きりの時間が減り、会話も減ってきたが、会話をしなくても分かり合える部分が増えてきたことの証なのかもしれない。そうだとすれば、うれしいことだが、そればかりに頼らず、たまには時間をとって二人きりで話すのもいいし、必要で大切なことだろう。会話をきっかけにして、ここまで書いてきたように新しい発見もあるし、二人の仲を深めることにもつながる。わたしたちは親としてだけでなく、夫婦としても半人前なのだから。

 

わたしたち夫婦は、社会人としては十分大人だが、子供が生まれてから3年なので、親としては3歳、結婚してから6年なので夫婦としては6歳なのである。子供が、社会のことを右も左もわからないように、わたしたちは子育てのことは右も左もわかっていないのかもしれない。夫婦としての関係についても。

 

 

 

まだまだ二人は出会ったばかり、これからもよろしく、と心の中で思った。