めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

ランニングを続けられない人の共通点。続けられないことを、ムリして続ける必要ってある?

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前書き

先日、ランニングをしながら考えたことについて記録しておきたい。

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考えたこと

もう2月も半分を過ぎた。1月に、2018年の抱負を掲げてから1か月半である。抱負を掲げたときには、今年こそは、と思っていたものの、すでにその決心を忘れたり、今週くらいは、と自分に言い訳をしている方も多いと思う。人は、環境を自分の都合のいいように解釈する生き物である。

 

もちろん、わたしも上に挙げたような状況に陥りそうな一人である。わたしは、新年の抱負として三つ掲げたが、そのうちの一つとして、

 

「休日、1時間ランニング(できればロードバイク復帰)」

 

を掲げた。この達成率は、今のところ80%である。自分を追い詰めないために、わたしは、月に休日が4日間あったとしたら、休日以外に4回ランニングでもOK、その月に達成できなかった分を別の月に借金として引き継ぐことができる、という救済ルールを設けている。それでも、80%の達成率、であれば、現時点では合格点だろうと思う。これを1年間続けて達成率を維持向上させていきたいと思う。

 

 

 

さて、わたしは、今のところ、ランニングを続けられているわけであるが、先日ランニングした際に、ランニングを続けられない人が多い理由について考えた。わたしが続けられているので、続けられている理由の裏返しこそ、続けられない理由なのだろう。

 

 

 

続けられない理由は、以下のように、大きく二つある。

 

①ランニング自体に確固たる目的がない

②ランニング自体に強い興味、関心やランニングしないことに対する強迫観念がない

 

以上である。

 

 

 

人は、「やろうと思ったことしかやらない」ものである。では、どのような理由でやろうと思うのか、ということが問題である。それが上記①と②である。

 

①については、極端な例でいうと、「今から1時間ランニングしないと、100万円払わされる」ということなら、どんなに寒かろうと、どんなに暗かろうと、ランニングするだろう。これは、100万円失わない、という確固たる目的(強迫観念とも解釈できる)があるからである。こんな例は、現実的ではないかもしれないが、確固たる目的とは、このくらい強烈なものであるはずだ。オリンピック選手やプロのスポーツ選手などは、みな、「何が何でも金メダルをとりたい、一番になりたい」というような確固たる目的を持っているのだろう。我々のような一般人は、②に該当する人が多いのではないだろうか。

 

②については、①のような確固たる目的がなかったとしても、ランニングしてる人ってかっこいい、走った後の爽快感が好き、というような強い興味、関心や、絶対太りたくない、といった強迫観念があれば続けられる、ということである。もちろん、②の興味、関心や強迫観念が①につながる場合もあるとは思うが。

 

 

 

わたしがランニングを続けられている理由は、②である。

 

ランニングの後は、頭も体も心もすっきりストレス解消できて爽快、ランニング自体が好きである。

ランニングを続けないと、これまで培ってきた体力がムダになる、という強迫観念がある。

太りたくない、という強迫観念がある。

 

 

 

もし、ランニングを続けられない人がいたら、1月にしたはずの決心を思い出していただきたい。どうして、2018年こそはランニングをしようと思ったのか。ダイエットのためか、健康維持のためか、体力をつけるためか・・・。これを明確に思い出したら、次は、こう自分に問いかけてほしい。「それは、絶対にやらなければならない、確固たる目的があるのか、または、それ自体が好きでたまらないことなのか、しないことによる強迫観念があるのか」と。

 

例えば、痩せたいからランニングをするんだ、と決心してうまくいっていない人は、そもそも、どうして痩せる必要はあるのだろうか。自分自身で痩せる必要性をしっかりと整理できているのかどうかを再度考え直した方がいい。

 

 

 

これは、ランニングに限ったことではない。もちろんわたしを含んで、みなが朝型人間になりたい、お酒を控えたい、タバコをやめたい、無駄遣いを減らしたい・・・などのいろいろな「〇〇したい、やめたい」をもっている。これがうまくいっていないとしたら、そもそも、その先にある目的がぶれていたり、不明確であったりする。または、そのこと自体に実はあまり興味がなかったり。。。それでいて、決めたことに対して何かと言い訳をして先延ばしにしている自分に自信がなくなり、自分のことが嫌いになっていく。自己嫌悪。。。

 

目的が不明確、よく考えてみたら興味すらないかもしれない、ということが原因で自信をなくし、自己嫌悪に陥っていくのは実にもったいない、と思う。これまで書いてきたように、続けられない、ということはその目的が不明確か、興味などがない場合である。であれば、それ自体をムリして続ける必要はないのではないだろうか。目的もなく、興味のないことを続けようとして、しかも続けられない場合に自信をなくすだなんて・・・もったいなさすぎ、である。

 

自分で、自分自身にかけた目的不明の呪縛を解き放ち、別のことにエネルギーや時間を注いだ方がいいのではないだろうか。これも一考の価値ありだと思う。