めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

はてな村とは。その実態を徹底的に調べた結果をまとめる。

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先日、こんな記事を投稿した。↓

この記事は、わたしが、はてなブログを始めたことを「はてな村に住み始めた」と例えながら、現実世界にも通じる人間の本質的な性質について述べ、感じたことを記録したものである。

 

そして、記事を読んでいただいた方から、多くのコメントをいただいた。

 

その中には、はてな村って本当にいいところですよね、とわたしの記事の内容に賛同するものや、村へようこそ、という肯定的なものが半分。

君はまだ村の恐ろしさを知らないだけだ、これからが地獄だ、という村に対して否定的、かつ、わたしに対して警告的なものが半分の半分。

そして、

君が来たのは、はてなニュータウンではないか?という謎めいたものが半分の半分であった。

 

正直、はてなの世界=はてな村だと思っていたわたしは、混乱した。

 

「一体、はてな村って何なんだ?そして、ここはどこ?」と。

 

いただいたコメントを読むと、はてなブログの経験値の多い方ほど、謎めいたコメントをしているように感じた。

 

 

 

こうなったら、調べるしかない。謎めいたコメントの主へ早速質問を投げてみると、ありがたいことに、すぐ返信をいただいた。そして、ヒントや、参考になる記事等に関する情報を提供いただいた。何度かのやり取りを通じてわかってきたことは、

 

はてなブログには、「はてな村」と「はてなニュータウン」があるらしい。

②村とニュータウンは、直接交わらないが、ニュータウンに村から手斧というものが飛んでくることがある(怖っ!?っていうか、手斧ってなんやねん!?)。

③わたしが住み始めたのは、はてな村ではなく、はてなニュータウンだったのかもしれない。

 

ということである。

 

 

 

「らしい」ということはなんとなくわかったが、その背景や言葉の意味、そしてなによりその実態についてはわからないままだったので、数日間の隙間時間を使って調べた。調べ上げた。とにかくわたしは、「自分がどこにいるのか」ということを知りたかったのである。

 

調べた結果を以下にまとめる。

 

各種記事から浮かび上がってきたこと

はてなブログ内でワイワイやっているような雰囲気のことを、はてな村というのか?

 

これは、「はてな村とは?」で検索したらトップに出てきた記事である。

 

 

この記事を要約すると、
 
はてな村とは何かわからなかったので、調べてみた。はてな村は気持ち悪い、と言う人もいるし、居心地がいい、と言う人もいる。さらには、あまりに攻撃的な批判に、はてなをやめる人もいる。はてなを続けてみて、村の雰囲気がなんとなくわかった。仲間内だけでワイワイやっている空気がある、ということだ。」
 
ということになる。
 
 

 

ワイワイやっている雰囲気について気持ち悪いと感じる人がいる、というのはイメージがついたが、「攻撃的な批判」が気になった。わたし自身、多くの場合は応援メッセージをいただくことが多いが、記事が炎上したときには、結構激しい言葉でコメントをいただいたことがあったからだ。
 
また、残念ながら、この記事からでは、はてな村の実態はよくわからなかったので、引き続き調べる必要があった。

 

 

 

はてな村の村民はなかなか攻撃的で、人によっては、ひどく不快に思ったり、耐えきれないこともある?

 

これは、①にもリンクづけされている記事で、かなり古いもの(2013年)であるが、はてな村の村民から受けた批判があまりにも攻撃だったことを訴えたものである。前後の背景のわからないわたしが、この記事だけでまつたけさん(記事の筆者)と、村民のどちらがどうだという評価をすることはできない。ただ、まつたけさんにとっては、村民から受けた批判が耐え難いものだったようだ。

 

また、この記事によれば、まつたけさんの記事に対して、「お前のような奴ははてなを去れ」という趣旨のことを言われたそうだ。これを受けてまつたけさんは「村のローカルルールと排他的な空気」の存在を訴えている。

 

少し、はてな村の実態に近づいてきたような気がする。どうやら、はてな村にはローカルルール、排他的な空気があると感じられるらしい。

 

 

 

はてなの世界は、大きく分けてはてな村と、はてなニュータウンに分けることができる?


これは、らくからちゃ (id:lacucaracha)さん、8マン (id:gemini-yahata)さんからヒントをいただきつつ調べていたところ、行きついた記事であり、はてな村精神科医こと、シロクマ (id:p_shirokuma)さんが書かいたものだ。先生がテキストサイト時代(はてなダイアリー以前)からこれまで、どのようにブログ等と接してこられたかについての経験(わたしにとっては歴史)が書かれている。

 

なかなか古い時代からのことが書かれており、聞きなれない用語も多かったので、わたしのように知識の浅い読者のために、用語の解説をしながらはてな村について書いていきたい。

 

 ただ、はてな村についてまとめることを目的にした記事ではなかったので、わたしが調べたい内容に直結する部分を抜粋しつつまとめていきたい。

 

 

③‐1はてな村とは、はてなダイアリーに端を発するもの

以下、③の記事を引用しつつ、わたしなりに解釈(説明)していく。

はてなダイアリーは、手斧の飛び交うモヒカン族の土地だった、らしい。
ただ、テキストサイト時代と比較しても、はてなダイアリー、いや、旧はてな村は、賞賛も批判も憎悪も率直に言い合う文化圏であるなぁと感じていた。

 はてなダイアリー時代からはてな村が始まったようだ。また、そこで率直に批判し合う文化を形成していた人たちのことはてな村民と呼んでいたようである。これは、はてなダイアリーからはてなブログに引っ越したユーザーによって、はてなブログにも一部引き継がれているようでもある。

 

つまり、はてな村とは、「はてなダイアリー時代から、率直に批判し合う文化を形成していた人たちやその文化自体」のことと言えるだろう。

 

 

③‐2はてな村の人たちが攻撃的だと思われることがある所以

はてな村にいる人達は、ストレートにモノを書く性質があった。私はオタクの社会適応についてあれこれ書いていたので、非モテ論壇をはじめ、色んな人からブッ叩かれた。非常に心を打つ批判もあった反面、ただの罵倒、ただの脅迫も少なくなかった。

(中略)

批判を通して意思疎通し、「雨降って地固まる」のような、友誼のきっかけとして批判的な記事をやりとりできる・・・

はてな村の人たちが攻撃的だと思われることがあることがわかる。当時のはてな村の中の人でさえこのように思うのだから、これに慣れていない人など、ひとたまりもないこともあるだろう。ただし、(中略)以下にあるように、批判の中には生産的なものもあって、はてな村民同士、批判を通してお互い成長し合ったり、絆を深めたりしていたようだ。(①の記事にあった、仲間内でワイワイやっている雰囲気、に該当するかどうかは不明)

 

 

③‐3はてなブログに入った新しい世代やその文化を、はてなニュータウンという。

はてなタウンが興隆しつつあったのだ。(株)はてなは、はてなダイアリーの後継としてはてなブログをリリースしていた。旧はてな村とはどこか違ったユーザーがどんどん入ってきて、存在感が増していった。

はてなの世界のうち、「はてなダイアリー時代から、率直に批判し合う文化を形成していた人たちやその文化自体」をはてな村と呼ぶのに対して、わたしのように、はてなブログから始めた若い新規ユーザーやその世代が形成する文化のことを、はてなニュータウンと呼ぶことができそうだ(村に対する表現として)。 

 

 

③‐4はてな村民もはてなニュータウン住民との関係性に困惑することもある。

はてな村民の流儀でもって、新規のはてなブロガーに批判記事を書くのは難しくなった。少なくとも、批判を通して意思疎通し、「雨降って地固まる」のような、友誼のきっかけとして批判的な記事をやりとりできる若いブロガーというのは、なかなかいないと思う。昔のはてな村では、それが一種の流儀として強制されていたが、同じことを新規のはてなブロガーに対してやったら、悪役とみなされるだけだろう。

(中略)

結局私は、テキストサイト時代~はてな村時代に身に付いた文化習俗をフォーマットとして考えたがり、コミュニケーションしたがるので、新はてなタウンに流入してきた人達からみれば、「得体の知れない、野蛮な原住民」とみなされるのは不可避なのだろう。同じはてなブログを使っているとしても、歳の差があり、価値観の差があり、奉じるインターネットの規範意識の違いがある。
 
はてな村民は、さしずめ、若い世帯がたくさん暮らすピカピカのニュータウンの真横の限界集落で、動物の皮を剥いで肉を取り、ゲテモノを料理して屋台に並べ、焚き火を囲んで焼酎を飲みながら大声で喚いている、そのような中年存在とうつるのではないか、と自嘲気味に思うこともある。だが、それでいい。

はてな村民が、直接批判し合うことを文化としていた一方、はてな村民から見たはてなニュータウンの住民は、批判しにくいと思われていることがわかる。(これは②の記事でも批判に対する反応があった通りである)

 

ただ、はてな村民は、今後も引き続き独自の文化を形成しつつ、時にははてなニュータウンに手斧を飛ばすよ、というように言っているようにもとれる記述がある。手斧が頭に刺さって血だらけになるか、飛んで手斧はしっかりと受け取り、投げ返えせるかは、その人次第だろう。

調査結果(はてな村はてなタウンとは)

ここまで、整理してきたように、はてな村とは、「はてなダイアリー時代から、率直に批判し合う文化を形成していた人たちやその文化自体」のことだと言える。一方、はてなニュータウンとは、「2013年(はてなブログサービス開始)以降、はてなブログに入った若い世代の新規ユーザーや彼らの形成する文化」と言えるだろう。

 

どうやら、わたしが家を建てたのは、はてな村ではなく、はてなニュータウンだったようだ。わたしはすでに一度「炎上」を経験していたが、あれは、はてな村からの手斧もあっただろうし、ニュータウンの住民による放火でもあったのだろう。ようやくはてなの世界の成り立ちがわかってきたような気がする。

 

また、調べてわかったが、はてな村の村民は「攻撃的で怖い」存在ではなく、共存していくべきもの(世代が違い、価値観が違うだけで現実世界と何らかわらない)ではないかと思える。わたしは、感受性のしなやかさと多様性こそがはてなの世界に住む上で最も大切だと信じているからだ。

 

はてな村民か、はてなニュータウンの住民かをだれかが定義、評価してわけているわけではない。あくまで発信する側と受け取り手側の感じ方の問題であり、村とニュータウンという区分自体にあまり意味はない。はてなの歴史を語る上での共通認識、便宜的な呼び方とてしての価値としての意味しかなく、それ以上でもそれ以下でもない。

 

わたしを含む若者世代は、人からの批判を受け付けないと言われることが多い。実際、その通りだと思うが、投げられた手斧を真正面から食らって頭から血を流して裁判を起こすよりも、できればキャッチして投げ返すくらいのしなやかさがあってもいいのではないだろうか。ニュータウン住民からの放火や愉快犯が投げたナイフに対しても同様である。少なくとも、わたしはそうありたい。

 

 

 

これまで、このようなはてな村に関するまとめ記事がなかったことも分かった。今後、新たにはてなの世界に来られた方が、迷うことなく、自分の居場所を見つけ、安心してはてなライフを送るための地図として、この記事を使っていただければ幸いである。

 

ただし、はてな村の実態解明のためにはまだまだ読むべき資料がたくさんありそうでもあったので、今後読み進めていきたいし、追記すべきは追記して、本記事がさらに有用になるようにしていきたいと思っている。

謝辞

最後に、本記事を作成するにあたり、記事の引用やidの記載について了承を得ていないことをお断りをしたい。もし、問題があればすぐに削除するので連絡をいただきたい。

 

また、記事作成に当たり、参考にさせていただいた記事や、助言していただいた方に感謝の意を表したい。