めんおうブログ

国家公務員からラーメン業界への転職を決意した、30代男性(妻、子2)の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

社畜という言葉があまり好きでない。でも、そこには、生きがいを求める若者の思いがある気がしてならない。

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社畜、という言葉を聞いたことがるだろうか。

 

ブログやツイッターをしている人は、聞いたことのある人がほとんどだろう。SNSをしていると、毎日のようにだれかしらが発信していて、よく目にするからだ。

 

一応その意味を調べてみると

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思良心を放棄し奴隷家畜)と化した賃金労働者の状態を揶揄したものである。「会社+家畜」から来た造語かつ俗語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。

引用:社畜 - Wikipedia

という意味があるそうだ。「会社の家畜」とは、生々しすぎて目を覆いたくなるぜ・・・

 

また、世間知らずなだけなのか、わたし自身はSNSを始めるようになって初めて目にしたが、実は結構昔からあったようだ。↓

1990年(平成2年)の流行語の一つに挙げられている[1]

引用:社畜 - Wikipedia

 

最近とてもよく目にする言葉だが、あまり好きになれない。

 

「おれ、マジ社畜だわぁ」的な、自らを卑下するようなニュアンスがあるからだ。先日実家に帰省した時、わたしの妹も「マジ社畜なんだけどー」と母と話しているのを耳にした。このように自らを卑下する先に何もない。

 

「マジ社畜だわぁ」というのは、ただの不満である。現状を踏まえて、改善するように働きかけない限り、向上はない。また、そういった発言は、「社畜」でありながら必死に頑張っている人を侮辱することにもなる。

 

だが、そこには、若者世代の生きがいを求める切実な思いが見え隠れしているような気がしてならない。切実な思いを抱えながらも、やりどころのないエネルギーが負の方向にあふれ出たもののような気がするのだ。

 

ある本で読んだが、団塊の世代は、会社に属し、その歯車の一つとなって働けば働くほど高い収入を得た。そして、その収入でほしかったものを買ったり、高い社会的地位を手に入れたりなどの「達成や快楽」に生きがいを求めることができた。

 

しかし、若者世代は、生まれたときからすでに必要なものがすべて身の周りにあるから、会社の歯車となって働くことで得られる達成や快楽を生きがいにしにくい。働かなくとも必要なものが周りにあるから、むしろ、何のために働くかを考え、自分が納得のいくもののために働く、という「意味合い」に生きがいを求める。

 

「達成や快楽」を求める団塊の世代にとっては、会社の歯車となって懸命に働くことは当然なことであったし、今でも当然である一方で、若者世代にとってそれは、一種の思考停止なわけであって、会社の歯車となること自体に違和感を覚えてしまうのである。「何でこんなこと(お金が少し多くもらえたとしても)のために自分の自由な時間を使わなきゃならないんだよ」と。

 

だから、違和感を抱えたまま会社の歯車の一部となった人たちが、自らを「社畜」と呼んでそのやりどころのない違和感や不満を外に逃がしているのではないだろうか、と思うわけである。

 

このような現状を目にして思うのは、今は変化の時代にあり、すべての世代にとって、これまでの考え方を変えていかなければならなくなってきているのではないだろうか、ということである。

 

仕事をする上で、これまで当然と考えられてきた「達成や快楽」といった価値観が当然ではなくなり、自分の納得のいく「意味合い」のために「自分の頭で考え、覚悟をもって、自分で決める」ことを必要とする世代が社会の主役になろうとしているのである。

 

その一方で、そんな若者世代も、仕事を始め(就活など)、仕事をしてみるまで「自分の頭で考える」ことの重要性を教えられたことはなかったはずだ。少なくとも、十分に若者世代寄りであるわたしの経験上、そのような機会はなかった。学校はおろか、親にさえそういう教育を受けたことはなかったような気がする。

 

SNSが普及し、多様な考え方が多くの人に広がっている。多様な考え方に触れる機会が増え、「自分の頭で考え、覚悟をもって、自分で決める」ことの重要性がますます高まっている。このような中で、若者は言葉にしないながらも、現状に対する違和感や、どうすればいいのかわからない不満を「社畜」という自らに対する言葉にして溢れさせている。

 

 

 

こうした中、学校教育、家庭教育、若者世代自体がもつ考え方、団塊の世代の若者世代への接し方などのすべてを変えていかなければならないのではないだろうか。少なくともすべての世代が、「自分の頭で考え、覚悟をもって、自分で決める」ことがこれからの若者にとって重要であることを認識して行動していかなければならない(もちろん若者世代自体もね)。

 

わたし自身、現在31歳であり、若者世代寄りではあろうが、十分に昔の教育を受けてきたし、昔の考え方が染みついている(今ですら教育は昔のまま)。意識していないと、時代の変化に気づかないし、新しい価値観を理解して行動に反映させるという柔軟性を持てなくなってしまう。

 

できれば、教育部門に影響力のある政治家や文科畑の官僚にでもなって働きかけたいくらいだが、それはどうも無理らしい。

 

ならば、少なくとも社会人としては、よく目を開いて時代の変化や価値観の変化を感じて行動していきたい。そして、親としては「自分の頭で考え、覚悟をもって、自分で決める」ことの大切さを子供に教育していきたい。