めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

選択に誠実に向き合い、これを大切にするということ

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早朝6時ごろの駅のホームで、転職前の職場の同僚(先輩)を見かけた。

 

わたしは、夜から早朝のシフトが終わって、帰宅するところだった。

 

彼は、口ひげを生やし、肩をすぼめた姿が特徴的で、遠くからでもすぐにわかった。同僚と言っても、そこまで深い付き合いでもなかったので、わたしは気づかれないように後ろを通り過ぎた。

 

彼は、若干猫背な背中を少しそらせながら、首を回していた。これから始まる仕事に向けての準備体操だろうか。

 

「朝早いなぁ、オレはこんな時間には出勤してなかったな」などと転職前のことを思い出しながら彼の後ろを通り過ぎ、ホームから改札に向かう階段を下りているときにふと思った。

 

あの時「転職という選択」をしていなかったら、今も彼のように出勤していたのかもしれないな、と。

 

 

 

思えばこれまで、人生を変えるような大きな選択をいくつもしてきた。確かに、周りへの影響が一番大きかった選択は、「転職」だろう。しかし、それ以外にも、「それを選択しなかったら、今の自分はない」という大きな選択をしてきた。

 

 

 

初めて迎えた大きな選択は、高校受験だろう。どこの高校に行くかは自分で決め、その道を切り開くために努力した。入学した高校次第で、周りの友人、使う教科書、登下校の道のり、勉強する教室、汗を流す部活など、すべてが違っていたはずだ。そして、その環境が「わたし」を作った。

 

その次は大学受験。その次は就職活動など。すべての選択が、それぞれ異なる環境を用意してくれており、わたしはその中で「わたし」になっていったのである。

 

「選択」は何も、大きな選択ばかりでなく、小さなものもある。夜何時に寝て、朝何時に起きるか、何を食べ、どこに住むか。何を読むか、結婚は、彼氏彼女は、何にお金を使うか・・・

 

毎日していることのすべてに「選択」がある。その積み重ねで「わたし」が出来上がっていく。

 

 

 

 

わたしは、これまでしてきた、または、これからする「選択」に誠実に向かい合い、これ大切にしてきただろうか。

 

大きな選択をする前には、しっかりと考えて心を決めること。そして、決めた後には全力で選択した道を踏みしめること。小さな選択であれば、それを全力で楽しむこと。選択に失敗したら、自暴自棄にならず、反省して糧にすること。これが、「選択」に誠実に向かい合い、これを大切にすることだと思う。

 

これまであまり深く考えずに選択したり、ああしなければよかった、などと後悔したりすることもあったのは確かだ。また、自暴自棄になったり、言い訳をしたりしたこともあっただろう。

 

毎日が小さな選択の積み重ねであり、時に大きな選択をする。そして、その環境が今のわたしを作って来たと考えれば、選択自体が「わたし」を作ってきたとも言えるだろう。

 

 

 

昔を思い出したり、昨日のわたしのように、だれかに自分を重ね合わせて、「あの選択をしなければ、今頃自分はどうなっていたのだろうか」などと想像することは何度もあった。しかしその一方で、そもそも選択自体が自分自身を育てるということを理解し、それに誠実に向かい合い、大切にしようと特別に意識したことはなかった。

 

過去の選択は、今のわたしそのものである。そして、これからする小さな選択も、大きな選択も、すべてこれからのわたしになる。「選択」に誠実に向かい合い、これを大切にすること。万が一、その選択がよくない結果を生んだとしても、それを含んだすべてを愛すること。これは、自分自身に誠実に向かい合い、自分を大切にすることなのではないだろうか。であれば、失敗も含んだ選択を愛することは、うまくいってないときでも自分を愛すること(自信をもつ)なのである。

 

選択ごとの、この積み重ねが、自分にしかない充実した人生を送ることにつながるのだろう。