めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

ブログを続ける理由を改めて考えた。

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今週のお題ゴールデンウィーク2018」

 

巷では、今日はGW最終日。

長い方で4月29日から8連休、短い方でも5月3日から4連休という方が多かったのでしょうか。わたしも、公務員時代はそうだった。しかし、飲食業界においては、GWは「かき入れ時」であって、仕事が忙しくなる以外の意味を持たないということを知った。

御多分に漏れず、わたしもGWは生まれて初めて一日も休みなく働いた(ひぇー)。

 

働いた人も、休んだ人もお疲れさまでした(遊びも疲れるものだと思います)。

 

ではなぜ、GWについて触れたか。それは、GWの終盤において、ブルーになって「仕事に行きたくなくなる人」が増え、そして、その陰で、ブログを辞める人が増えるからだ。

GWをきっかけにして、(新しいことを始めようと)ブログを始める人が多いそうだが、その一方で、ブログを辞める人も多い。理由は定かではないが、想像はつく。その実態は、以下のようなのではないだろうか。

 

①GW前にブログを始める。

②何とかアドセンスの申請が通り、副業ブームに乗って鼻息荒くゴリゴリ記事を書く。

アドセンスでの収益が期待外れ過ぎて、なんとなく記事を書くのがおっくうになる。

④おっくうとは言いつつも、一度始めたことをやすやすと辞めるのも嫌なので、なんとなく続ける。

⑤④のような状態でGWを迎える。

⑥GWは久々の大型連休ということで、旅行などの外出の予定がぎっしりで忙しいので、GWくらいはブログの更新はできなくても仕方ないと考える。

⑦GWが明けてからも、記事を書く気にならず、更新が途絶える。

 

わたしは今日も朝帰りの電車の中でTwitterを見ていた。いつもと変わらず、ブログをはじめとしたSNSのマネタイズに関するツイートでにぎわっていた。

わたしのフォロー先に偏りがあるのかもしれないが、マネタイズマネタイズって、他にツイートすることないんかい。はぁ。。。と、眠気半分の頭がクラクラした。

 

もちろんわたしは、お金が好きだ。しかし、わたしのようなやり方のブログでのマネタイズなどたかが知れている。知れまくっているので、ブログで儲けることなど考えていない。

わたしが記事作成にかける2時間をバイトにつぎ込めば、一日あたり2,000円くらいの収益が見込めるわけだ。

確実な収益や経験値などを考えれば、ブログよりもバイトをした方が「割に合う」のは間違いないだろう。

 

そこで考えた。

 

ブログを続ける理由って何だろう?

 

多くの方がブログを辞めていくGW。

わたしはやめるつもりなどないが、「割に合わない」ブログを続ける理由について、突き詰めて考えたことはなかったのでこの機会に一度考えてみたい。

 

皆さんがこの記事を読んで、もう一度ブログを続けるかどうか、または、なぜ続けるかを考えてみるきっかけになれば幸いである。きっと、その目的がはっきりすれば、書くのを辞めて読み手に徹したり、本腰入れて記事を書くことに力を入れられるはずだ。

読むこと、書くことに力が入らないのは、ブログをする理由が不明確だからではないか、そんな風にも思うのである。

 

以下、わたしがブログを続ける理由について考えたことを述べていく。

 

交流の場としてのブログが自己の成長につながる

わたしにとって、ブログは人やその意見の交流の場である。

 

もともと人と話すことが好きなわたしには、発信したいことがたくさんあるが、記事を書いていると、それまで気づかなかったことに気づくことが多い。感情や気持ちの原因を知ったり、人の立場に立ちながら考えることもできる。

感情や気持ちを記事にして整理しているうちに掘り下げられる、という感覚になるのである。

さらには、新たに気づいたことをできる限りわかりやすいように文章にする中で、それぞれの要素が論理的につながる。

このような発信という行為を通して、新たな知識や感情が整理、深堀りされ、つながるのである(もちろん、人に伝わる文章を書く能力も向上するはず)。

 

また、発信すれば、それに対する反応をいただけることも多い。賛同だけでなく、否定的なものであることもあるが、いずれもブログ以外の世界では得ることのできない貴重なものだ。

これは、そもそも発信自体がブログならではの純粋な本心に近いものであるからだ。だからこそ、それに対する意見も貴重なものになるのである。

オフ会が盛り上がったり、それを通したつながりが強く、楽しいものになることが多いのも、ブログが実の世界よりも心と心をつなげるのに一役買っているからだと思う。

 

このように、発信と反応のやり取りでは、その両方から新たな発見(理解を深めることも含む)を得ることができ、自己の成長につながるのである。

記事を読む、書くというとき、たいていは一人での作業になるだろう。その作業は、自分に向き合う時間となる。ブログをしていない人が、自分と向き合うことを避けがちなのと比較しても、効果があることは明らかである。

 

あこがれの存在

はてなブログでは、あこがれというか、この方の記事はわかりやすくてどんどん読める、こういう記事書けるようになりたいな、と思う方がいる。

フミコフミオ (id:Delete_All)さんと、らくからちゃ (id:lacucaracha)さんである。

御二方とも、記事のスタイルがかなり違うし、取り上げられるテーマも違うが、とても楽しくわかりやすく、勉強になる記事ばかりだ。

だから、投稿される一つの記事に対する読み手からの反応も多くあり、こんな感じになる。↓

f:id:mennou:20180506181557p:plain

 

これが、彼らに見えている世界である。

このように、いただいた意見の中には、上の御二方のような記事に対するるものであっても、否定的なものも多数あるだろう。

ただ、どのような意見であっても、上に書いたような「交流の場としてのブログを自己の成長につなげる」という視点に立てば、かなり効果的な経験できるのではないだろうか。

たくさんの意見をいただけるようになる、という結果のみでなく、そのような記事が書けるようになるまでの過程においても得られるものはたくさんあるはずだ。

 

こんな世界が見てみたい、というあこがれも、わたしがブログを続ける原動力になりつつある。

 

まとめ

ここまで、わたしがブログを続ける理由を改めて考えたことについて述べてきた。

ブログを始めた当初の理由は、転職後の個人的な記録にする、ということだったから、そのころとは大きく変わってきていることに改めて驚かされた。

 

ブログを始めて数カ月、自分の発信(記事)が人に影響を与えることが少なからずあった。

多くはないが、「記事を読ませていただいて元気がでました」などと言われた時は、素直にうれしかったし、知らなかったブログの価値について、気づかされた出来事だった。

このような経験を重ねるうちに、ブログの奥深さを知ったような気がする。

 

発信し、交流し、それを通して自己の成長につなげることができる。これがブログのすばらしさである。

人と人との実のふれあいには、その広がりに制限があるのに対して、ネット上での触れ合いは、無限大に広がる。ここにこそ、多くの人に届く発信をして、多くの人とやり取りしたいと思わせる魅力があるのだろう。

 

多くの人にとって、楽しかったGWが終わり、明日からブルーになるかもしれない日常が始まる。

しかし、ブログに来れば、いつでも隣で日常を過ごし、喜び、怒り、哀しみ、楽しんだ記録がつづられているのを読むことができる。

明日からは、多少ブルーになるかもしれないが、そんな時は、ブログをのぞいてみるといい。ブルーなのはあなただけでなく、みんな、何らかの辛さを抱えながら考えたことを記事にしているのを読むことができるのだから。

ごく一部の成功者が、マネタイズマネタイズとツイートするのを真に受けてはいけない。よくよく見てみると、ごく一部の人が数えきれないほど同じようなツイートをしているだけなのだから。

 

ブログは無料で、収益などを考えずに、ただただ自分と向き合う時間を提供してくれる。自分の考えたことを全力でぶつけることができる。そして、どのような状況の誰をも受け入れる懐の深さ、温かさがある。

ブログがそんなところだからこそ、わたしは、これからもブログを続けていこうと思うのだろう。

 

さて、あなたは、なぜブログをしているのですか?