めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

フォロワーや読者が多いだけが発信力ではないし、フォロワーや読者ばかり増やしても仕方ない

スポンサーリンク

Twitter「社会は、これからどうなるかわからない。だからこそ、今、発信力をつける必要がある。フォロワーや読者を増やす方法はこれだ!!」的なツイートをよく見る。

最近は、Twitterのフォロワー数をどうやって増やすか、というような有料サロンまであるし、フォロワーを獲得すべく、インフルエンサーに乗っかったツイートをしたり、フォロワー〇〇名達成ツイキャスなるものを開催したり。

Twitterのホーム画面は、あの手この手でフォロワー、読者獲得のための骨肉の争いの跡が垂れ流し状態になっている。まるで、戦国時代のような荒れっぷりである。

間違いなく、Twitterを見るのが疲れてくる要因の一つになっている。

※なら見なけりゃいいじゃん、という声はこの際、横に置かせていただきたい。

 

割と多くの人が、フォロワーなり、読者なりの獲得を目指しているようだけれど、記事冒頭で紹介した、「社会は、将来どうなるかわからない。だからこそ、今、発信力をつける必要がある。フォロワーや読者を増やす方法はこれだ!!」には、ツッコミどころがある。

 

きっと冷静になればわかるところだと思うけど、「いざフォロワー増やすぞぉ!」となっているときには気づきにくい。

それについては、Twitterでフォロワーを増やそうとした男の2カ月の経過と末路という記事でも書いたところだ。

 

上のようなツイートで、いまいちはっきりしないのは、

①何をもって発信力の向上なのか。

②発信力を高めると、何がいいのか。

という二つである。しっかり考えを整理せず、むやみにフォロワー、読者獲得に走ると相当な時間と労力をムダにすることになる(自分の経験から)。

 

フォロワーや読者数を増やそうとしているけれど、なかなかうまくいかなくて悩んでいるという人、うまくいっているけれど、しっくりこない感じがあるという人は少し考えてみてはどうでしょうか?

 

フォロワーや読者が多いだけが発信力ではない

発信力を高めよう!

というのは、フォロワーや読者獲得の方法を紹介する、という文脈で語られることが多いが、その都度疑問を感じる。

結論から言えば、フォロワーや読者数は、発信力が高まった結果であって、発信力そのものではないからだ。

確かにわたしも、インフルエンサーたちのフォロワー数に憧れたり、読者数がほしいなぁ、と思ったことがないわけではない。

でも、その数字を追いかけ始めると、数字のことばかりで頭がいっぱいになる。人によっては、仕事中も・・・ということがあるかもしれないほど、人を夢中にさせる何かがあると思う。

 

ただ、ここではっきりさせておきたいのは、発信力とは何か、ということ。

それは、「響かせる力」だと思う。確かにフォロワーや読者が多い方が響きやすいのは間違いないが、それは結果だろう。

響かせるためには、社会情勢を読む力、論点としてふさわしい事項を取り上げる力、相手に伝わる表現力、多様な意見を受け入れる多様性(知的忍耐力)、多様な意見から自らの意見を深めたり、行動を変えたりできる適応能力といった力が必要で、これらを併せたものが「響かせる力=発信力」になる。

 

やたらとインフルエンサーに媚びて乗っかるやり方でフォロワーを増やそうとする人たちは、見ればすぐわかる(一回だけでなく何度も登場する)。(正直、個人的には見ていて気持ちよくないのでやめてほしい・・・)

 

発信力の向上を目指すなら、あの手この手でフォロワーや読者を増やそうとするのではなく、「響かせる力」を向上させる方向に努力したほうがいい。

 

フォロワーや読者ばかり増やしても仕方がない

社会がこれからどうなるかわからないから発信力を高めよう、という文脈の中で、よくわからないのは、

「社会がこれからどうなるかわからない」→「発信力を高めよう」

という部分。

普通に、なんでっ!?

ってなる。

(記事で文字を大きくすることはめったにないけど、ここは大きくさせて)

発信力至上主義は、その原点に発信力向上が最もすばらしい、ということがあるけれども、これはかなり謎。

むしろ、社会がどうなるかよりも、TwitterやブログなどのSNSがどうなるかの方が読めない。

この観点から言えば、フォロワーや読者ばかり増やしていても、将来どのような効用があるかわからないわけである。

しかも、フォロワーや読者の獲得は、相当な時間と労力を要する。やろうとすると、数字で頭がいっぱいになる。成功するかどうかもわからない。

であれば、それよりも、確実に自分のためになるいろいろな経験の蓄積、読書や勉強による自らの知識や能力の向上に努めた方がいい

発信力が「響かせる力」だとしたら、この方が効果があることは間違いないし、どうなるかわからない将来に備えることになるだろう。

発信を通して勉強する、という考え方もあるが、それは自らの能力向上、という本質があってのことだ。

 

なぜ、発信力=フォロワーや読者の獲得だと思い込む人が多いのだろうか?

フォロワーや読者の数が発信力なのではなく、それらは発信力(=響かせる力)の結果だとしたら、なぜ、発信力=フォロワー、読者だと思い込んで有料サロンに多額の出費をはたいたり、数を増やすために悩んだりする人が多いのだろうか?

 

それは、とても単純な理由だけど、数値に具体的に表れていてすぐに目を引くからだ。冷静になって頭を働かせる前に、その数字の大きさに衝撃を受けるからである。

「いやーすごい!しかも、それの数を獲得するための方法があるのか!!やるしかないぞ、これは!!」となったらあとは一直線・・・となってしまうのである。

 

要は、冷静になって物事の本質をとらえることに尽きるのである。

 

まとめ

これまで、発信力とは何なのか、フォロワーや読者を増やしてばかりいても仕方がない、ということについて書いてきた。

 

「社会がこれからどうなるかわからないから、発信力を・・・そのための方法は・・・」というのは、自己矛盾しているセールストークだということに気づいてほしい。

 

社会がどうなるかわからないからといって、なぜ発信力なのか。

社会がどうなるかわからないのに、SNSは絶対なのか。

フォロワー、読者の獲得=発信力の向上なのか。

 

何事も、本質を捉える目を持ちたいものである。