めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

「別に偉くなりたいわけじゃない」と言う若者へ

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先日、えとみほさん(@etomiho)さんとTwitterでやりとりをした。

 

※ご存知の方も多いと思うが、えとみほさんはプロサッカークラブに勤めておられる方で、Twitter、noteなどのSNSで発信されているインフルエンサー(返信したら返してくれる優しい方です。わたしが彼女と知り合いだとかそういう意味ではありません)

 

何度かツイートをやり合ったが、とてもおもしろく、大切なことに気づいたので紹介したい。

そのやりとりから得られたことを要約すると、

20代の若者は、会社などで努力する前に「別に偉くなりたいわけじゃないので、自由にやらせてくれ」と言うが、それは「自由で輝いている40代50代」を見て言っている。

でも、実は40代以降に自由に輝くためには、20代のころの努力が必要だということが、彼らには見えていないのではないだろうか。

ということだった。

 

40代で輝くとはどういうことか、そしてその必要があるのか、ということはいろんな意見があると思うが、この際、社会的に活躍しつつ、プライベートも充実している、経済的に余裕のある人と仮定したい。

 

この記事で言いたいことは、上の要約がすべてなんだけれども、この記事で、付け加えておきたいことがある。

以下、少し詳しく言いたい。

「自由にやる」の意味が20代と40代以降では違う

20代の「自由にやる」は、周りからとやかく言われず、苦労せず、興味のあることを楽しむという意味ではないだろうか。

少なくとも、20代のころのわたしにとってはそうだった。

苦労や努力はしたくない。精神的にも、体力的にも、頭脳的にも楽をしつつ、興味のあることだけを楽しみたいと思っていたのである。

 

勉強は、テスト直前1週間で済ませていたせいで、今ほとんど記憶にない。

卒業論文も「終わらせること」しか考えず、テキトーに終わらせた。

漠然としたものでしかなかった将来を、明確にする努力をせず、なりゆきに任せた。

部活は大好きだったので毎日徹底してやっていた(プロになるつもりとかはなかった)。

趣味を楽しむ時間がほしかった。

 

40代以降の自由とはなんだろうか?

子供の教育費は十分にあり、一年に一度は海外旅行に行くくらいの経済的、時間的自由がある。

会社では、部下から尊敬され、上司からも信頼され、やりがいのある仕事を任されている。それでいて、家庭を顧みる余裕もある。

SNSでもある程度の影響力をもっていて、多くの人があこがれる生き方をしている。

想像するしかないが、こういうことではないだろうか。

 

わたしは現在32歳であり、自分の20代の頃の経験と40代以降の想像をすると「自由にやる」の意味はこのように違うのではないだろうか。

20代の若者にとっては、得てして将来のことが見えにくい

 わたしが20代だったころ、目の前のことに精いっぱいになるあまり、漠然とした将来を想像することを怠って来た。

「わからないこと」に向き合うのが、時間のムダに思えたのである。

今思えば、やりたいこと、成し遂げたいことをできる限り明確にして、それを実現するために必要なことを、ひとつづつ確実に踏んでくるべきだった。

しかし、そうすることなく「今やっていることを精いっぱいやれば、何か見えてくるはず」と考えて、先の方を光で照らすことをしなかったのである。

どうしても人生経験が圧倒的に短く、初めて社会に出ようかという若者にとっては、目の前のことばかりで忙しく、楽しく、将来を想像するという難しい課題から目を背けがちになるのだろう。

これが大切であることには薄々感ずいてはいたが、体験も含めて確実に認識するのは31歳で転職したときであった。

こういうことを言うと、「老害」だとかなんとか言われてしまうかもしれないが、時間と労力をかけて「わからない将来をわかろうとすること」が大切で、これからの将来を作っていくためのはじめの一歩である、ということだけは言っておきたい。

若者の求めている「自由」とは「すぐに飽きること」であることが多い

この記事では、ここが一番大切なところである。

それは、若者が求めている「自由」とは「すぐに飽きること」であることが多いということだ。

20代の「自由にやる」の一例を記載したが、これはすべて「すぐに飽きること」であることだったのである。

 

冒頭に書いた通り、20代の若者は、自由で輝く40代以降を見て「別に偉くなりたいわけじゃない」という。

そう言って、将来を見通して必要なことを確実にこなしていくとい、うまっとうな努力を避けようとする。

今求めている「自由」が、実はあこがれている自由な40代以降の大人の「自由」ではなく、「すぐ飽きること」だということにも気づかず(もしくは気づかないふりをして)。

まとめ

この記事は、すべてわたしが経験した「20代のころのわたし」をもとに書いている。

なので、今を生きる若者に失礼な内容になっていたら申し訳ない。

しかし、Twitterやブログなどを見ていると、この記事の内容が響く方も少なからずおられるだろうと思ったので書かせていただいた。

 

これまでもきっと、20代を経験した上の世代が、若者に説教することはあっただろう。

そして若者は、それを「老害」と言って排除してきた。

 

もうそういうのはやめよう。

経験者が自分の経験をもとに、未経験者に語り、未経験者は同じような失敗をしないように耳を傾けることがあってもいいではないか。

 

わたしはそう思うのである。

今を生きる若者の、今後の健闘を祈る。

わたしも若者の端くれとして、将来を見据えつつ、今を生きてやろうと思う。