めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

勝間和代さんのカミングアウトに寄せて

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勝間和代さん(id:kazuyomugi )が、LGBTであることをカミングアウトしてから2カ月が経った。

確か、勝間さんがカミングアウトしたことを知ったのは、スマートニュース(ニュースアプリ)だったと思う。それと同時期に投稿されたこの記事 ↓

katsumakazuyo.hatenablog.com

が投稿されたのが5月28日なので、だいたい2カ月なのだろう。

 

2カ月も経てば、SNS上で騒がれることもなくなり、今は何か思い出すきっかけがあった時に

勝間和代ってLGBTなんだってー」

「へーそうなんだー」

くらいの話しかされていない。

 

LGBTという言葉が一般的になったのは、最近のことだと思う。

わたしが高校生、大学生のころ(大学は10年前)にはLGBTというのはなく、一般的には、レズビアンやホモ・バイセクシャルというような言葉があっただけだった。

でも今はLGBTという言葉は一般的になり、まだまだではあるけど、それでも多様性をそれとして受け入れようという動きは出始めている。

 

さて、なぜこの話かというと、杉田議員の問題が挙がり、彼女の別の記事を読んだときに、そもそもわたし自身、彼女のカミングアウトに特別な感情を抱いていたことを思い出したからだ。

特別な感情というのは、あんなに高飛車で突っ張っていたように見えた勝間さんも、実は心の底には、だれにも見せたくないものがあったんだということに感動したこと。

そして、自分らしく生きるていいというのは当然のことなのに、自分らしく生きるためには、とても勇気がいることに気づいたからだ。

 

以下、少し詳しくお話ししたい。

勝間さんにも、心の底には、だれにも見せたくないものがあるという当然の事実

勝間さんと言えば、早大卒、公認会計士試験に当時最年少で合格、プロ雀士、外資系証券会社勤務など、輝かしい経歴がある一方で、一般的には「リア充」と言われる結婚、出産の経験もある方。

テレビにもよく出演され、その語り口は的確で、どこか挑発的なところもあったように記憶している。

わたし自身、勝間さんに、いい印象はなかった。

人がうらやむような輝かしい経歴、非の打ちどころのない論理展開、高飛車な感じ、そしてリア充

この人すごいなぁ、という感情は、妬みに変わりやすいということだろうか。いい印象がなかったというのは、うらやましいという負の感情を抱いていたとも言えるのかもしれない。勝間さんに対する印象は、ずっとそのような感じだった。

 

そんな中、あるとき何気なくスマートニュースを見ていると、「勝間和代LGBTをカミングアウト」という記事が掲載されていた。

 

えっ!?マジで!?

輝かしい経歴、リア充・・・だったんじゃないのか?

 

と思いながら、記事を読み始めたが、何となく記事の内容が信じられず、勝間さんのブログ(はてな)に飛んだ。何か書かれているはずだと思ったのだ。

すると、やっぱりあった。それが、冒頭の記事だった。

詳しくはこの記事(勝間さんのブログの中で紹介されているバズフィード記事)を見てください、とあった。

 

すぐには信じられなかったが、報道内容は本当だった。

あの活躍や経歴、人からの批判にも立ち向かっていた彼女の姿勢、雰囲気はまさに、鉄壁とも言えるものだった。

そんな彼女の心の底の方にも、だれにも見せたくないものがあったのである。

 

いろんな感情で混乱したが、気持ちを整理すると、以下のようだった。

だれにも見せたくないものを心の底にしまっておきながら、表向き、そんなものがないように振舞う苦しさこそが「生きづらさ」であって、種類は違うけど、同じようなことを抱えてきたと、共感している自分

に気づいたのである。

 

あの勝間さんにも、そしてわたしにも、表向きはないように振舞っていたけれど、心の底にはだれにも見せたくないものを抱えてきたわけだ。

もしかしたら、だれもが似たような生きづらさを感じながら生きているのかもしれない。

自分らしく生きるというのは、勇気のいることだということ

自分らしさを心の底にしまい込んで、生きるのは本当に生きづらい。でも、みんながそうしている。

それは、世間、社会、空気というような無言の圧力のようなものが、それを阻んでいるからではないだろうか。

 

勝間さんの場合はLGBTで、本当に人間の根本にかかわる話。

わたしの場合は、やっている仕事にどうしてもやりがいを見つけられないということだった。

もしかしたら、LGBTと転職では話が違うと言う人はいるかもしれないけれど、自分らしく生きるということで言えば、その本質は同じだ。

 

今、転職を考えていると上司に相談するときの緊張感と言ったら・・・

職場からの期待

家計は大丈夫なの?みたいな感じ

転職なんてと思われている感じ

急にどうしちゃったの?というような感じ

これまで積み重ねてきた経験値、もったいなくない?という感じ

・・・とにかく、全部、転職しようとしているわたしに対する「否定的空気感」だった。

 

LGBTをカミングアウトした勝間さんの場合も、突き詰めれば一人の人間の生き方の話。

きっと、わたしと同じような「否定的空気感」を感じておられたのではないだろうか。

 

勇気を出して行動すれば、否定されるかもしれないという恐怖は全くなくなった。その行動自体が、自分らしさをつかみ取ることであり、過去の自分に対する勝利宣言になったのである。

本当にそんな感じ。

行動した瞬間に勝利!のような。

それ以降、わたしは、物事に対してより積極的に、楽しんで、素直にあたることができるようになったし、自分ならやってできないことはないと思えるようになった。

 

自分らしく生きるというのは、自分に正直に生きるということだと思う。

そして、自分らしく生きていいのは、当然のこと。

だって、自分らしく生きちゃダメですか?という質問に、ダメだと答える人はいませんよね?

当然のことなのに、なぜか、勇気のいることなんだ。

 

では、何に対しての勇気か。

それは、結局自分自身に対する勇気なのだ思う。

否定されるかもしれないという恐怖、自分が間違っていて恥をかくかもしれないという恐怖、人から笑われたくないという感情・・・

これらに立ち向かい、打ち勝っていく勇気が必要だったのである。

 

否定的空気感は、結局、自分自身で作り出したもの。そして、それに立ち向かった瞬間に、勝利だということを強調しておきたい。

もし、生きづらさを感じておられる方がいたとしたら、ほんの少しの勇気をもって自分自身の作り出した否定的空気感に立ち向かってほしい。

その瞬間が、過去の自分に対する勝利になるから。

そして、一生負け続け、生きづらい人生に甘んじるか、行動した瞬間に勝利をつかみ取り、勝ち続けていけるかの分かれ道はすぐそこにあるのだから。

まとめ

ちょっとした機会に勝間さんの記事を読むことがあって、思い出した、カミングアウトの記事を読んだときの感想。

それが、この記事に書いたことだ。

 

自分らしく生きていいというのは当然なのに、なぜかそれを貫くには勇気がいる。

だれもダメだとは言っていないのに、そう言われているような気がする。

これは全部自分自身が作り出した幻なのかもしれない。 

 

もう少しでいいから勇気をもって、自分自身に向かい合い、自分の大切にしている考えや生き方というものを前面に出してみませんか?

きっと、過去の自分に打ち勝てば、世界が変わって見え、心が軽く穏やかになると思います。

 

自分らしく生きるというのは、こうも気持ちのいいものだから。