めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

自分の頭で考えよう

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わたしが自分の頭で考えることの大切さに気付いたのは、恥ずかしながら、30を過ぎて転職したときだった。

それまで学校では、いろいろな部活をしてきたし、それなりに勉強も頑張ってきて、そこそこいい大学にいって、わりといい収入の国家公務員として仕事をしてきた。

でも、そのすべての理由は、「みんながそうしているから」とか「世間がいいというから」というようなものだったように思う。

周りに負けないように勉強してきたし、それでいい成績をとることもできた。

おかげで、そこそこいい収入を得ることもできて、生涯安心、というところまできた。

でも、何かが違った。

わたしはそういう風景を見たかったのではかった。今思えば、みんな灰色に見えていたような気がするのである。

 

さて、少し前に、Twitterで大学を辞めることの是非についての論争のようなものがあった。

www.zinseitanosiku.com

この記事では、Twitterでの大学辞める論争を見て、「しっかり勉強したことが、後々いきてくる。だから大学を今すぐ辞めなくてもいいんじゃない?」ということについて書いた。

その大学論争の火は、いまだにTwitter上で小さく燃えている。

こんな感じで。↓

 そして、「大学を辞めてフリーランスでいくぜ」っていう人を、今もちらほら見る。(これは昨日見たもの)

 これに対する反応を、Twitterで「大学辞める」で検索すると辞める理由がわからない、辞めるのはだれでもできるから・・・といった、これに否定的な意見が多かった。

 

まあ、普通に考えればそうだよねという感じ。

 

このツイート主の寝坊助女子大生さんがどういう方か、どのようなことを考えて大学を辞めるのかはわからないけれど、繰り返される大学辞める論争や、同じような会社辞める論争を見て思うことがある。

それは、自分の頭で考えようということだ。

 

わたしが転職するまでそうだったように、若い方の多くの人は、自分の頭で考えていないのではないだろうか。

わたしが前職で、国際情勢分析の教育をしているとき、学生から「調べたんですが、わかりませんでした」という質問をよく受けた。

暗記系の問題や解き方が決まっている理系の問題なら調べればわかるかもしれない。

しかし、情勢分析は、調べて答えがどこかに載っているものではなく、期限までに集めた情報を分析して、自分で答えを出さなければならないのである。

 

これは、上に書いた大学辞める論争、会社辞める論争にも同じことが言えるのではないだろうか。

人生の大切な選択をするときに必要な情報は、だれだれが大学辞めてプロブロガーになった、会社辞めてフリーで年収1000万、というようなことではない。

これも、期限までに集めた情報や環境で、自分自身で答えを出さなければならないのである。

つまり、自分の頭で考えて情報を集め、決めなければならないということだ。

 

一生懸命勉強することが悪いことであるはずないし、大学や会社を辞めること自体に是非があるわけではない。

大切なのは、選択肢をいくつか用意するとき、そしてそれを選び取るときに自分の頭で考えているかということなのである。

さらに言えば、選択肢(自分で出した答え)を選び取った後、すぐにはそれが正しい選択だったかどうかはわからない。

その評価についても、自分の頭で考え続け、人生を通して、それを正解にできるように動くしかないのである。

 

そして、うまくいかないとき、うまくいくようにするために。うまくいったとき、よりよくするために、自分の頭で考え続けなければならない。

 

わたしは、周りがするからという理由で一生懸命勉強し、そこそこの収入が得られるようにもなったけれど、感じ続けた違和感を、違和感で終わらせたくなかった。だから、出世競争の中で、ひとりで一度立ち止まって、自分の頭で考えた。

そこで選び取った選択肢が、公務員を辞めてラーメン企業に転職するということだったのである。

転職しても、それまでの経験や仲間が消えるわけではなく、少し距離が離れるだった。そして、新しい経験、仲間、生活と出会うこともできた。

 

最高に楽しく充実した今の生活は、自分の頭で考えた結果だけれど、これが正解だったかどうかは今はまだわからない。

これを正解にし続けていくしかないのである。

どうしたら今の幸せを感じつつ、最終的に正解にできるのかを、自分の頭で考えながら。

 

大学を辞めるのも、会社を辞めるのも、続けるのも自由。どちらでもいい。

でもその選択肢を選び取るのに、自分の頭で考えたか、選択肢を選び取った後、それが正解になるように考え続けたか、ということこそが大切なのである。

 

そう、だから、自分の頭で考えよう。