めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

「当たり前のようなこと」は、「当たり前のこと」ではない

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転職して一番変わったのは、周りにありがとうの気持ちを持つことができるようになったことだと思う。

最近何をしてもとても幸せな気持ちでいられるので、なんでだろうと考えたときに、そこに思い当たったので書きたい。

今は、こんな、修行僧が悟りを開き、開眼したかのような気分です。笑↓

 

前職ではこんな気持ではなかった。

休みはカレンダー通りだったけれど、家にいても、職場にいても、仕事以外の時間はすべて出世のための勉強だったからだ。

先日こんな記事↓

www.zinseitanosiku.com

を書いたけれど、周りがそうしているからという理由で勉強し、大学を卒業し、何をするかではなく、肩書を追い求めてガチガチに肩の力を入れたままの日々を送っていた。

気持ちはずっと受験生、という感じだった。

だから、仕事以外の自由な時間はたくさんあったけれど、「自分の時間」はなかったのである。

 

しかし、受験生の時から続いていたガチガチが長く続くはずもなかった。

公務員になってから、何をしていてもチクチクと気になる出世競争。この途中で、抱えたままの違和感につぶれそうになったのである。

出世競争は、本来、将来したい事を目指す中での通り道であって、肩書のみを追い求めた競争を続けることはできなかった。

 

仕事をしていても、「この仕事、だれの役に立っているんだろう?」という疑問ばかりを感じていた。

組織のため、上司のための仕事にしかなっていないのではないか?組織が国民のためになっているなら、「上司のため、組織のための仕事=国民のための仕事=みんなのためになる仕事」だからいいけれど、それが実感できなかった。

どう考えても、そうは思えない仕事が、地位が上がるにつれて多くなっていった。

そこで、悩み、考え抜いて、転職を決断したのである。

 

転職すると、本当にいろいろなものが変わった。

わたしの仕事が変わるということは、収入、住むところ、生活リズム、などすべてを変えた。もちろん妻や子供を巻き込みながら。

すると、自然と周りに対する感謝の気持ちが湧いた。

自分の都合で、こんなにいろいろなものを巻き込みながら仕事を変えることを承諾してくれた妻、いつも笑顔でそばにいてくれる子供たち、どんな選択でも応援してくれる親や、いつでも忙しくしている職場の上司、同僚に。

 

そしてその感謝の気持ちは、不思議なことに消えることはなかった。

今も、その人たちには感謝し続けているし、新しく出会った仲間にもありがとうという気持ちでいっぱいだ。

すると、つらいことや失敗があっても、何でもありがたく思えてくるから本当に不思議である。

そして、ありがたい、幸せだという気持ちで朝起き、出勤し、仕事し、上司に指導され、後輩に教え、帰宅し、妻や子供たちと過ごすことができる。

もちろん、体力的、精神的にきついときもあるけれど、それすらありがたく、幸せな気分なのである。(←これ、悟り

気持ちが変わると、周りの風景すべてが変わって見えた。灰色だった風景がまぶしく、輝いて見えるようになったのである。不思議だよね。本当に。(←これも悟り

学生だった頃、何でもありがたく思えることを「幸せレベルが低い」というふうに言ったけれど、これだろうか。

 

SNSをしていると、稼ぐ、フォロワー増やす、会社辞める、大学辞める、稼ぐ、稼ぐ、稼ぐことしか考えていません、というワードがたくさん出てくる。

でも、そんなことより大切なものが、周りにたくさんあるのではないだろうか。

それは、お金やいろいろなものに対する欲求でいっぱいになると、なぜか見えなくなり、ありがとうの気持ちを持つと見えてくる。

 

 

みんな、当たり前のように人やモノに囲まれ、支えられながら、当たり前のように過ごしている。

でもこれは、「当たり前のように」であって、「当たり前のもの」ではないのである。

ありがとうの気持ちを持つと見えてくるもの、これに囲まれた当たり前のような生活。実はこれが、一番幸せなことだったのである。

朝起きてから、仕事や家事をして、夜寝るまで、そしてまた起きるまで。よく見てみれば、ありがたいこと、楽しいことであふれている今の生活が、大好きだ。