めんおうブログ

国家公務員からラーメンベンチャーへ転職した、30代男性の経験と思いと挑戦。時々、本などのブログ

30代のわたしが置いてきてしまったやってみたかったこと

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仕事はできなかったことができるようになったり、これからの挑戦を想像したりするとワクワクするし、毎日の出勤がいやなわけではない。

家庭も、妻との仲はわるくはないし(おそらくいい方)、2人の子供にも恵まれ、上の子は幼稚園年少で習い事を始める時期、下の子は2歳で一番かわいい時期だと言われる。

転職して給料は大きく下がったけれど、お金にも困っていない。

要は、仕事も家庭も「充実」していて、経済的にもある程度自由なのである。

あとは時間的にどうか。

本当の自由は、お金と時間が自由になることだと思うけれど、前職より休日自体は少ないけれど、出世競争がない分、今の方がよっぽど時間的な自由度は高い。

そう、お金も時間も自由な日々を過ごしているのである。

 

でも、夕方になると、なぜかため息が出ることがある。

それは、妻も同じ。一緒に「はぁ、疲れたなぁ・・・」とため息をつくのである。

わたしは出勤前、妻は幼稚園の迎えや買い物が終わって帰ってくる時間。

「はぁ、疲れた、こういうときはお互いのことを思いやらないとね・・・」という温かいはずの妻の声も、冷たく聞こえる。

もちろんいつもではないけれど。

 

何に疲れているのか。

わたし自身のことを振り返ってみる。

体力的に?

確かに今の仕事は飲食で、勤務時間は夕方から早朝で、不健康かもしれないけれどきついとは思わない。もっときついことをたくさんしてきたはずだ。

精神的に?

精神的にも、上司や同僚には恵まれ、すでに書いたように、家族ともうまくいっているし、今の自分自身の状況には満足している。もちろん100%ではないけど。

こうして考えていった時に思い当たるのは、やってみたかったことを置いてきてしまったなぁという気持ちだった。

 

最近、ブログやTwitterに触れることが多い。

すると、来年は世界一周!とか、ブログで稼ぐのに挑戦中!とか、というような若いうちにしかできないことをしている人たちを目にして、自分がやってみたかったことがいかに多いかに気づいてしまう。

これにうらやましさというか、一種の気後れを感じて「はぁ」とため息が出ていたのである。

 

  • 留学
  • 旅行三昧生活
  • ブログで生きる
  • プログラミング
  • 自転車で日本一周
  • バックパッカー

など、やってみたかったことは、そのほとんどを置いてきてしまった。

SNSで疲れるなんてバカみたい。

 

隣の芝は青く見えるもの。

世界一周も、実際やってみると、航空券を取る、空港に行く、飛行機待つ、移動中疲れて寝る、目的地到着、どこ行っていいかわからずさまよう、ということの繰り返しの方が多いだろう。

また、旅行三昧生活だって、一週間もしたら飽きるだろう。

何事も、やってみると地味なのである。

それはわかっている。でもね。。。

転職だって、転職と聞くと、仕事やめるんだぜ!次はベンチャーだ!若い会社でぐいぐい引っ張ってくぜ!という超前向きな感じがするが、実際、転職活動中は、収入ゼロの可能性にびくびくしていたじゃないか。でもね。。。

 

今の生活はほとんど文句がないくらい「充実」している。

今の生活をやめたいかと言われたら、絶対にそんなことはない。

ただ、今のように安定すると、さらなる安定を求めるもの。

思い出したやってみたかったことは、安定を守るためには押し殺すしかないのである。

この「押し殺す」という行き場のない思いが、ストレスなのかもしれない。

 

挑戦と安定とやってみたかったことの間で、バランスを取りながら前に進んだり、後退したり、揺れたりしながら前に進もうとしている30代のわたし。

今の生活に満足しつつも、納得いかないところもあって。

でも、納得いかないのを認めたくなくて、後悔という言葉も使いたくないし、そんなこと言ったら家族に申し訳ない気もして。

なんなんでしょうね、この気持ち。

 

だから、考えても解決しっこないモヤモヤしたものは、凍らせて置いておくのがいいんですよね。きっと。

こうして記事にしておけば、2018年12月6日付けで冷凍保存できますからね。

30代のわたしが置いてきてしまったやりたかったことは、押し殺すのではなく、冷凍保存しよう。

 

何となく見えそうな近い将来を見据えながらも、今に生きるってこういうことだと思う。

過去のことだって、全く切り離せないし、今の自分は過去からの延長線上にある。

だから、どうしようもない過去は、冷凍保存する。

そうしておけば、将来環境が変わったら実際やってみることもできるかもしれないし、やってみたかったこととして記憶に残しておくこともできるでしょう。

 

過去を見ないとか、捨てるとかではなく、大切にしながら将来を見据える。そしてわたしは、今に生きるんだ。

未来に向かって、生きているのは今だから。